愛知県立豊川工業高校陸上部「体罰」事件

愛知県立豊川工業高校(愛知県豊川市)で陸上部の監督を務めていた教諭が、部員の生徒に日常的に暴行・「体罰」を繰り返し、不登校や退学に追い込まれる生徒が複数でた事件。2013年に事件が発覚したが、教諭は停職処分の後依願退職、一部の部員を私的指導し、翌年には東京都の私立高校に移った。

事件概要

愛知県立豊川工業高校(愛知県豊川市)で陸上部の監督を務める男性教諭・W(50)=保健体育科=が、部活動の指導中に日常的に暴力を繰り返していたことが、2013年1月に発覚した。

Wは1993年度に同校に着任した。陸上部はかつては無名だったが、Wの着任後に駅伝で全国大会の常連校となった。Wは2013年1月の都道府県対抗駅伝大会で、愛知県選抜チームの監督も務めた。

その一方で、暴力を伴う「指導」があった指摘されている。2009年には部員をデッキブラシで殴り、頭を縫うケガを負わせている。愛知県教育委員会は訓告処分にしたが、当時は公表していなかった。

2013年1月、大阪市立桜宮高校の「体罰」自殺事件が大きく報じられたことを受け、愛知県でも「体罰」の実態調査をおこなった。その際にWによる暴行の訴えが複数寄せられ、学校側は2013年1月25日に愛知県教委に報告書を提出した。

学校側は2011年以降、12件の「体罰」を確認した。うち2人が暴行を受けた直後に、暴行を苦にして退学していた。2012年7月には、合宿中に低血糖症状を起こしてふらついた男子生徒に対し、ほおを平手打ちするなどした。暴行にあった部員は耳の鼓膜が破れるケガを負い、また精神的な症状も発症し、同年 9月に転校した。また2012年10月には、Wは他の部員の目の前で女子部員を数十回殴った。被害にあった女子生徒は不登校になり、同年12月に退学した。

Wはこれらの事案について「指導であり『体罰』ではない」と主張したという。愛知県教育委員会は1月25日、学校に対し、当面の間Wに陸上部の指導を 自粛させるよう求めた。しかし学校側は、Wを陸上部の指導からは外したものの、担当する保健体育の授業(週14コマ)については「県教委から外すよう指示 を受けていない」「授業では『体罰』は確認されていない」として、暴力が表面化した直後の1月28日(※暴力が発覚した1月25日は金曜日で、28日は発覚後初めての授業日にあたる)以降も引き続き担当させる方針を示した。しかし授業を担当させることがマスコミで報じられたことが影響したのか、1月28日になり、同日以降の授業担当を自粛させる方針を決めた。

Wについては、「部員に『死に追い込んでやる』などと言いながら暴行を加えた」「生徒との連絡の行き違いで、相手の生徒を『学校に来れなくしてやる』と怒鳴りつけた」「標的の生徒を選んで暴力を加えていた」などの証言も寄せられている。さらには、Wが全国区の指導者であることを理由に、「暴行を訴えれば強豪校の部に迷惑がかかる」と被害を訴え出せなかった生徒・保護者がいたことや、「体罰」を学校に訴えた生徒が再び殴られることもあったなどの状況も指摘さ れている。

愛知県教育委員会は2013年3月13日、Wを停職4ヶ月の懲戒処分にした。愛知県教育委員会は停職期間の同年4月1日付で教諭を書類上別の県立高校に異動させ、復職後の2学期からは同校で勤務させながら様子を見る予定だったが、Wは2013年4月上旬、異動先の高校に退職届を提出し依願退職した。

その後

陸上部の関係者をうかがわせるような形で、教諭を擁護し、事件は「練習についていけなかった生徒が逆恨みで教諭に罪をなすりつけて騒いだ」かのように中傷する行為が、かなり激しくおこなわれた。

教諭は退職したものの、教諭を支持する豊川工業高校一部部員が私塾の形で私的に指導を受けていたことが明らかになった。同じ部員の中でも、部活動の練習中に教諭派と非教諭派が別々に練習している異常な状態となった。

教諭は1年後の2014年、東京都の日体荏原高校に保健体育教諭・陸上部顧問として採用された。教諭派の一部部員は教諭を追う形で同校に転校したという。


「体罰」に関する主な事例

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