福岡県立田川東高校「体罰」自殺事件

福岡県田川市の福岡県立田川東高校(現校名・福岡県立東鷹高校)で1962年、当時3年だった男子生徒が、担任教諭からの「体罰」を恨むとした遺書を残して自殺した問題。

事件経過

1962年9月25日の授業中、3年の男子生徒が授業科目の教科書とは違う内容の本を開いていたとして、授業担当の教諭から連絡を受けた学級担任の男性教諭(当時25歳)が、当該生徒を校内の応接室に呼び出した。担任教諭は生徒を3時間以上にわたって罵倒し暴力を加えた。

生徒はその翌日、担任教諭の実名を名指しして「○○(教諭の実名)の仕打ちは死んでも忘れない」「自分は今から自殺するが、君たちが卒業したときには○○のことをよろしく頼む」(※教師への報復を頼む、という意味だと考えられる)などと書いた同級生宛の遺書を残して自殺した。

名指しされた教諭は、生徒に対して日常的に「体罰」・暴行を繰り返し、別の生徒にけがをさせたこともあった。また教諭は、事件以前にも別の生徒から「体罰」への報復としてナイフで刺されるなどの暴行を受けたこともあったほど、教諭の「体罰」・暴力行為は生徒から激しく恨まれていたという。

自殺した生徒の遺族は「担任教諭の『体罰』が自殺の原因」として、学校を管理する福岡県を相手に、死亡による逸失利益と暴行の精神的苦痛への慰謝料約820万円を求めて提訴した。

一審の福岡地裁飯塚支部は1970年8月、教諭の行為を「違法な懲戒行為」と認定しながらも、担任教諭の暴行と自殺との因果関係を否定し、「体罰」による精神的苦痛への慰謝料として福岡県に3万円の支払いを命じる判決を下した。担任教諭の暴行と自殺との因果関係については「誘発されたものではあるが、懲戒行為が自殺という結果を生じるのはまれであり、法律上の因果関係はない」と結論づけた。

原告は控訴審の際に、損害賠償額を約1900円に増額請求した。二審福岡高裁では1975年5月12日、慰謝料の額を60万円に増額する判決を下したものの、「『体罰』が自殺を招くことは予測困難」などとして一審同様の判断をおこない、暴行と自殺との因果関係を否定した。

最高裁は1977年12月25日、二審福岡高裁の判断を支持して遺族の上告を棄却し、判決が確定した。


「体罰」に関する主な事例

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