福岡市立壱岐中学校「生き埋め体罰」事件

福岡市立中学校で1989年、恐喝事件への関与が疑われた生徒を、教師7人がかりで車で海岸に連れ出し、生き埋めにして自白を強要した事件。被害者側の民事訴訟で、教師の行為を違法な「体罰」と認める判決が確定している。

事件の経過

福岡市西区の福岡市立壱岐中学校で1989年9月12日、2年生の男子生徒2人が恐喝事件に関与した疑いがあるとして、同校教諭らが校内で生徒に事情を聴いた。しかし生徒らは関与を否定したため、学年担当や生活指導担当など7人の教諭が生徒2人を車で拉致し、学校から約8キロ離れた福岡市西区の海岸に連行した。

教諭らは海岸の波打ち際に穴を掘り、生徒2人を穴の中に入れて上から砂をかぶせ、首まで生き埋めにして自白を強要した。その間教諭らは、後方から逃げ出さないように監視していた。生徒らは約20分後に掘り出されたが、生徒のうち1人はさらに教諭3人から投げ飛ばされるなどの暴行を受けた。

また「生き埋め体罰」事件直前には、同じ恐喝事件に関与したと疑われた別の生徒2人に対して、生き埋め事件に関与した教諭7人のうち5人が生徒に集団暴行を加え、生徒1人に鼓膜損傷のけがを負わせた事件も発生している。

10ヶ月後に事件発覚

事件は約10ヶ月後の1990年7月中旬に、新聞記事で報道されて発覚した。学校や加害教諭らは「教育熱心のあまりにやった」などと事件の正当化に終始した。また福岡市教育委員会も加害者を擁護した。

学校側は事件発覚に逆恨みし、「関係者がマスコミに通報した」と疑って「犯人探し」をした。そして、かねてから「体罰」に批判的だった同校の女性教諭・Aさん(41)に対して「マスコミに通報した犯人ではないか」と疑いの目を向けて嫌がらせをおこなった。A教諭は学校側から嫌がらせを受けた直後に体調を崩した。当初はストレスからくる精神症状と診断されたが、胃ガンが進行していたことが数ヶ月後になって判明し、A教諭は1991年に死亡した。学校側からの組織的な嫌がらせが、A教諭の病状に悪影響を与えた可能性も考えられる。

福岡市教委は加害者7人に文書訓告、管理責任を問い校長を口頭訓告にしたものの、生き埋め暴力を「指導に熱心なあまりにおこなったこと」として、懲戒処分を避けた。

福岡県警はこの事件について暴行事件や監禁事件の疑いもあるとして捜査をおこなったが、刑事事件としての立件は断念した。

福岡法務局は1991年5月7日、教諭らの一連の行為を「体罰」であり人権侵害であると認定し、関与した教諭7人に対して説示をおこなった。また校長に対しては、教員への指導監督が不十分だったとして勧告を通知した。

民事訴訟

被害にあった生徒のうち1人が1991年3月19日、加害者の教諭7人と校長、福岡市教育委員会を相手取り、慰謝料約1000万円の支払いを求める訴訟を福岡地裁に提訴した。弁護側は事件について「『体罰』というよりもはや暴力的な犯罪行為」と厳しく指弾した。また被害生徒は、生き埋め事件の後にも、むりやり丸刈りにされたり登校を禁止されるなどの不当措置を受けたことを明らかにした。

しかし福岡市教育委員会は、「安全に注意していた」「教育的指導だった」「社会的な許容範囲を超えた違法・不当なものとはいえない」などという主張をおこない、請求の棄却を求めた。また加害教諭らは「国家賠償法に基づき、教諭や校長個人には賠償責任はない」などとして棄却を求めた。公判では教諭らは一貫して暴行を正当化し、生き埋めも「熱意と愛情を持ってやった」などと居直りといえるような主張をおこなった。

福岡地裁は1996年3月19日、「生き埋めは拷問・集団的暴力行為」として教諭らの行為を違法な「体罰」と認定。原告の主張を一部認容し、福岡市に対して50万円の支払いを命じる判決を下した。一方で国家賠償法の規定を理由に、教諭や校長個人への請求は棄却した。判決では教師らに対し、「教育観の再検討を含め、深刻な反省を求めなければならない」と厳しく指摘している。

その後双方とも控訴せず、判決が確定した。


「体罰」に関する主な事例

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