福岡県いじめ報復暴行事件

福岡県で1995年、いじめを受けていた生徒の父親が、加害生徒を呼び出し「いじめをやめさせる」として暴力を加えた事件。

経過

福岡県内の市立中学校2年の男子生徒は1994年、所属する野球部で同級生の男子生徒2人から悪質ないじめを繰り返し受けた。

加害生徒から繰り返し暴行を受ける・自転車を壊される・現金を恐喝される・学校や塾の送り迎えを強制されるなどのいじめが続いた。また加害生徒らは、1994年11月に発生し大きな社会問題になった愛知県西尾市立中学校いじめ自殺事件をあげ、被害生徒に対して「○○(愛知県の事件で自殺した生徒の名前)」とあだ名を付け、「自殺するときは遺書を書くなよ」などと暴言を繰り返していた。学校の送り迎えを強制されたために生徒は遅刻が目立つようになったが、学校側は不審に思わなかったという。

1995年2月上旬、被害生徒は加害生徒から万引きを強要されたが、万引きが店側に見つかったことで、いじめが明らかになった。

いじめ発覚直後の1995年2月15日から17日にかけて修学旅行が実施された。いじめ加害者のうち1人は修学旅行には不参加だったという。

帰宅翌日の1995年2月18日、修学旅行に不参加だった加害生徒に対して被害生徒が修学旅行のおみやげを渡しているところを、被害生徒の母親が目撃した。母親はその事実を父親に伝えた。父親は同日、いじめ問題の対応のため自宅に訪れた校長に「おみやげを強要された。加害生徒と接触させないという話になっていたじゃないか」と強く抗議した。

翌1995年2月19日午前、被害生徒の父親は加害生徒2人を電話で自宅に呼び出した。父親は加害生徒の手足を縛り、包丁を加害生徒の首に突きつけたり、包丁の峰で加害生徒の頭を殴るなどした。

福岡県警は1995年3月15日、父親を監禁と傷害の容疑で逮捕した。父親は調べに対して「罪を犯すつもりはなかったが、いじめをやめさせるという強い警告としてやった」などと話した。また父親は、当時販売されていた書籍『いじめ撃退マニュアル』(情報センター出版局、1994年発行)を参考にしたとも話した。父親の職場の同僚など知人らによると、父親は普段は「穏やかな性格」という証言が相次いだ。

父親は3日後の1995年3月18日に釈放された。

福岡県警は1995年4月3日、父親を福岡地検に書類送検した。「気持ちはわかる」などとして父親に一定の理解を示す一方「やったことは許されない。犯罪行為」として相当の処分を求める意見書を付けた。

父親は1995年7月26日、「事件は起訴猶予とするには悪質と判断したが、汲むべき事情があるので正式裁判は見送る」として傷害容疑で宗像簡裁に略式起訴され、罰金50万円の略式命令を受けた。

父親は「いじめを検察がどう判断したのか、略式裁判では明らかにできない」として、1995年8月11日付で正式裁判を請求した。裁判は福岡地裁に移送されて審理されることになった。

一方で正式裁判になると、いじめの全容について被害生徒・加害生徒が裁判で証言する可能性が高まるとみられていた。父親は第1回公判予定日直前の1995年10月27日、「自分の子どもも相手の生徒もいじめから立ち直りつつある。刑事責任を争うことで、子どもたちの将来に禍根を残すと判断した」として裁判の取り下げを請求した。そのため父親への罰金刑が確定した。

福岡地方法務局は1995年12月までに、「学校がいじめを見逃したことは人権侵害」として、生徒の通う学校の校長に文書説示措置をおこなった。


◎主ないじめ事件の事例

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