愛知・教師刺傷事件:「逆恨み」で片づけられない

 愛知県知立市立知立中学校の教師刺傷事件では、「被害者の元担任教師に対して、加害者の卒業生の少年が逆恨みしていた」かのような論調の報道が目立っています。


 しかし情報を事細かに分析すると、少年の一方的な「逆恨み」と片づけられるような単純なものではないと感じます。
 どうもこの神谷佳久という教師、加害少年がおとなしい生徒だったことをいいことに、少年が不快なあだ名で呼ばれていたことを放置した上、一緒になってこの少年をいじめていたという情報が明らかになっています。どうも「生徒いじめ教師」のようです。

中学の同級生は「(少年はみんなから)『もやし』って呼ばれていたが、先生は(みんなを)怒らないし、『もやし』をいじる感じがあった」と話した。(東海テレビ2008/7/30のニュースより)

 もちろん被害者がどんなに常軌を逸した人間だとしても、それに対して暴力行為で対抗することは絶対に正当化できません。しかし、このような最悪の事態になったのも心情的には分からなくもないなと感じます。この事件は、時々発生している「いじめ報復」事件の亜種であり、また「教師のいじめで自殺や精神疾患発症に追い込まれた」という事件の亜種ではないかと感じます。
 「少年の一方的な逆恨み」という視点で見る限り、本質的な動機は見えてきません。また「逆恨み」という一面的な見方で片づけるのなら、このような事件の再発を防止する根本的な対策・教訓は導き出されるはずもありません。偶発的な事件ではなく、学校の体質そのものによって構造的に引き起こされた事件という思いが強くなります。