「体罰」抗議に逆切れ、さらに暴行:八尾市立曙川南中学校教諭

 大阪府八尾市立曙川南(あけがわみなみ)中学校で6月5日、2年学年主任の男性教諭(48)が「指導」と称して生徒を殴りつけた上、生徒が抗議した際に逆上してもみ合いになり、「こんなことをしていいと思っているのか。えらい目にあわせたる」などと叫びながらさらに生徒の首を絞めるなどしていたことが分かりました。

 学校側は「行きすぎた指導」として八尾市教育委員会に報告したということです。
 しかしこんなものは「指導」でも何でもありません。教師の一方的な暴力であり、指導と強弁するような余地はありません。「指導」と事実をゆがめ、もみ合いになったことを「生徒からの対教師暴力」だとか「教師の正当防衛」などと描くようなことは、絶対に許されません。
 問題を見ると生徒には全く非がなく、この教師が一方的に悪いといえます。生徒の行為は「暴力への正当防衛」に近い行為と見て差し支えないといえます。
 事実関係としては、「服装指導」としてこの教諭が一方的に生徒を殴りつけたことが事件の発端です。生徒が抗議した際にもみ合いになり、もみ合いの際に生徒が教師の服のえりをつかんだことに対して教師がさらに逆上したということです。
 生徒の行為は正当防衛ないしは不可抗力に近いものであり、「この教師が先に手を出した」ということを考慮すると大した問題ではありません。生徒は全く手を出していないとみなして差し支えないといえます。
 根本的には、教師が一方的に殴りつけたことが問題なのです。無抵抗の生徒を一方的に殴っておきながら、抗議されると自分のことを棚に上げてさらに逆上するなど、「ふざけるな・何様のつもりなのか」という不快感しか残りません。「こんなことをしていいと思っているのか」というのは、教師の一連の行為こそ相当します。
 「体罰」肯定・生徒への暴力を肯定するような論理に従うと「無抵抗の生徒を一方的に殴るような行為をおこなうような、こんな教師は殴られても当然」ということになるのでしょうが(私がこう主張しているというわけではなく、あくまでも「体罰」肯定論を厳密に突き詰めた理論上の帰結という話です)、そうはならずに少しでも自分に不利になると逆切れするという「体罰」・暴力肯定教師の身勝手な論理には、いつものことながら強い不快感を感じます。
 八尾市教育委員会および大阪府教育委員会は、この教師の実名を公表した上で、厳しく処分すべきです。
(追記)
 当ページをアップしたところ、6月8日21時43分に「被害生徒と同じクラスの保護者」を名乗って一方的に被害生徒と被害者の保護者を根拠なく「過保護」などと罵倒し、教師を擁護するような内容のメールが寄せられました。
 「(生徒は)殴られて当然」「自由に振舞っていいのは、最低限のモラルを備えた人間のみ!」「出来そこない」など、読むに耐えない感情的な文面でした。「暴力を肯定するような人間はまともではない」という程度の低さを自ら示しているような文面です。発信元は大阪府内でした。
 すでに被害者攻撃が始まっているようです。当サイトとしてはこういう可哀想な思考回路の人をまともに相手にするつもりはありませんが、被害者攻撃がおこなわれていることについては絶対に許しません。
 保護者を名乗るメールでの「自由に振舞っていいのは、最低限のモラルを備えた人間のみ!」などという言い分には、「人としての最低限のモラルも備えていないような、暴力教師や暴力を支持する保護者は、傍若無人に暴力を擁護して一方的に感情的な罵詈雑言を『自由に』浴びせる資格などない」というべき失笑ものの中身です。最低限のモラルにすら欠ける人間が、あたかも自分がまともな人間かのように振る舞って物知り顔で暴力を擁護しても、自分の愚かさを自分自身で喧伝しているだけです。
 こんな非常識な親が非常識教師を甘やかし、暴力を肯定し、無抵抗の生徒に対してやりたい放題となるのだから目も当てられません。何よりも、こんな保護者に育てられた子どもには、心理的な悪影響が出るのではないかとひどく心配です。

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