文科省道徳教育とトンデモ論の「江戸しぐさ」

 道徳教育の教科化の動きがすすんでいるもと、実質的な教科書代わりとして文部科学省が作成した教材『私たちの道徳』(小学校5・6年向け)に、「江戸しぐさ」なるものが掲載されている。

 教材によると、江戸時代の商人から発生した生活の知恵・マナーの「江戸しぐさ」が、江戸時代当時に庶民に広まっていったかのように、「江戸しぐさ」なるものの実在を前提にして肯定的に描かれている。

 しかしこの「江戸しぐさ」については、近年になって創作されたトンデモ説とする見方が主流である。最初に原型が創作されたのは1980年代で、広まったのは2000年代だという。

 「江戸しぐさ」の具体的な所作については、現代社会での生活様式を前提にしなければとうてい成立しないような、江戸時代の生活習慣からみれば明らかに不自然な点が多いとされる。(「江戸しぐさ」の不自然さの指摘については、こちらのサイトが詳しい)

 また江戸時代に社会に幅広く広まっているような現象ならば、何らかの形で記録に残っているのが自然だろうが、そういう記録は見当たらない。江戸落語の古典落語でも「江戸しぐさ」での作法を前提にする噺もあってもおかしくないだろうが、そういう噺もない。「江戸しぐさ」の支持者は、その点の矛盾を埋めるために、明治維新の際に「江戸しぐさ」の伝承者・体現者が大量殺害されて粛清されたなどと主張しているという話もあるが、ここまでくればもはやオカルト的な陰謀論のたぐいだろう。

 「江戸しぐさ」を下村博文文部科学大臣に吹き込んだのは、「親学」を提唱しているトンデモ教育論宣伝者の高橋史朗氏だということ。なるほど、「江戸しぐさ」は極右派のトンデモ主張とも相性がいいというオチである。

 「江戸しぐさ」推進者については、江戸時代の生活・習俗の歴史的事実、および事実に立脚した歴史理解をゆがめ、「江戸時代」の看板にかこつけて、自分たちにとって都合がいいような道徳を一方的に吹きこむというねらいが見えていると言って差し支えないのではないか。