「大阪の教員は言葉が荒い」?:主観だけでレッテル貼り?

 産経新聞によると、10月28日の大阪市教育委員会会議の席上、大森不二雄教育委員長が「大阪の学校では先生方があまりきれいな言葉を使っていないと聞く。言葉が荒いと、子どもの学力の面でもよろしくない」「きれいな言葉でのコミュニケーションが先生と子どもの間で授業以外でもやり取りされることは学力や徳育の面で重要だ」などと発言したという。

 全国学力テストの成績の検討が議題になった時に、そのような趣旨を発言したとされる。

 一般的にいえば、子どもの教育の上では乱暴な言葉が好ましくないのは、そのとおりだろう。しかし「大阪の教師の言葉が荒い」とした根拠については、伝聞と個人的な印象以外には示されていない。そんなあやふやな根拠で「大阪の教師」と一括りにして、「言葉が荒い」と言い立てるのは、好ましくない問題が起きることになる。

 「言葉が荒い」教師は全国各地でも多かれ少なかれ問題になっているようなもので、大阪の地域事情にすり替えるような性格のものではない。

 また大阪市の教員について、その手の汚い言葉を使う教員への苦情が他地域と比較して格段にあるという統計があるわけでもない。

 汚い言葉を常習的に使う教員がいるとすれば、個別に是正を求めていくのは当然であろう。しかし、近年のテレビ文化で付けられたようなステレオタイプ的な「大阪弁=乱暴」のイメージなのか、または「教員は言葉が汚い」という先入観なのか、十把一絡げにして「大阪の教員」とレッテルを貼っても、本質を見失ってしまう。このような属性で一括りにすることは、ヘイトスピーチの効果を果たしてしまう。また、教員への教育介入の口実にもなりかねない。

 言葉遣いというのならば、大阪では教員よりももっと”えげつない”者がいる。大森氏を教育委員として招聘した橋下徹大阪市長である。「おいこら、俺の前に出てこい」「コラお前」「クソ教育委員会」「あの若造議員」「紫頭おばはん」など、議会答弁やテレビ出演・記者会見・街頭演説などでの数々の汚い言葉の連発や恫喝的な態度などのほうが、教育上よろしくない。