いじめ教師への処分を再び考える

 福岡県筑前町立三輪中学校のいじめ自殺事件で、いじめ教師・田村伸一らに対して3月6日に処分がでました。この問題については当ブログでも3月6日付『いじめ教師を事実上かばう福岡県教委』でも取り上げましたが、本稿でも改めて取り上げたいと思います。


 報道では、自殺生徒の遺族は「処分は望んでいない」などと話していると報じられています。遺族がこう発言している理由の背景については報じられていません。
 報道されている範囲では、遺族は「教師を処分しても自殺生徒が戻ってくるわけではない。それよりも二度とこんな事件が起きないような対策をしてほしい」と願っているとも受け取れます。遺族の方が本当に内心からそういった理由で発言しているのならば、当事者としての希望であり、外部からとやかく言うことはありません。
 しかし類似事件の例を考えると、額面通りには受け取れないという気がします。「遺族はうそつき」と主張したいわけでは決してありません。逆に「遺族が周囲から脅されて、本心とは違うことを言わざるを得なくなっているのではないか」という不安があるという意味です。
 というのは、過去のいじめ事件、そしてほかの問題でも「児童・生徒が学校で被害を受ける」事件は全国各地で多く発生しています。そういった事件では、「加害者や学校は絶対的に正しい。学校に敵対する被害者こそがとんでもない輩だ」かのような虚偽の内容に基づき、加害行為を正当化する者が学校や地域社会に現れ、被害者の関係者への激しい嫌がらせをおこない、その結果被害者への二次被害を呼んできたという例も多く明らかになっています。そういう事例を多数把握しているだけに、この事件に関してもそんなことになっていないかという心配・不安があります。
 実際にこのいじめ自殺事件でも、PTAが「取材非協力」を呼びかけたり、校長が「いじめを問題視するマスコミや外部のものが悪い」かのような発言を全校集会で発言するなど、いじめ正当化策動が続きました。また学校ぐるみで推進してきた「解放教育」の問題(いじめ加害教師・田村自身も「解放教育」を中心となって推進してきた「実績」を持っていることが明らかになっています)、そして「解放教育」の背景にあるえせ同和・人権侵害・差別煽動集団の部落解放同盟(解同)の問題もあり、地域社会から遺族へ嫌がらせや圧力がかかっている危険性も十分に考えられます。
 もちろん教師の処分は問題の一部にすぎません。加害者への処置や再発防止策など、全体として対策をとらなければどうしようもありません。
 教師への処分は当然ですが、福岡県教委はもっと深く踏み込み、もっと厳しい処分をすべきではなかったか、処分はきわめて軽すぎると改めて主張したいと思います。遺族の意向が処分の軽さの要因となったとしていますが、本稿で先に考察したとおり、遺族発言の背景についても十分に吟味されなければなりません。またPTAからの処分軽減嘆願書が出たということですが、PTAの行動をみればいじめ加害者と同類だと言っても過言ではありません。処分軽減の嘆願書など問題にならないはずです。
 またいじめ加害者への厳しい対処など再発防止策も同時に考えられるべきであることは、言うまでもありません。
 福岡県教委の態度に釈然としないものを感じていたところ、『毎日新聞』(2007/3/6)にこの問題に関する教育評論家・尾木直樹氏の談話が掲載されていました。尾木氏の主張は正論であり、まさに「私の言いたいことを明快に代弁してくれた」と感じたので、以下に引用して紹介します。

森君をいじめた子の一部が書類送検されたことなどを考えると、減給、戒告という処分は軽過ぎると思う。特に1年時の担任は母親からの相談内容を教室で漏らしており、厳密に考えると守秘義務違反だろう。この行為は、森君へのいじめを誘発し、全国の教師の信頼失墜まで招いたと言える。そうしたことを考えると処分は軽いと思う。それに森君をいじめた子どもたちの中心メンバーはまだ何のおとがめも受けていない。いじめた子たち、教師、校長を本気で反省させるなら、どこにメスを入れるべきか教育委員会はもっとよく考えるべきだ。

 根本的にメスを入れ、いじめ教師・田村伸一や校長・合谷智をせめて自主退職に追い込むこと、いまだに何食わぬ顔で生活しているいじめ中心加害者に厳しい措置をとること、抜本的な再発防止策をとること、このことが改めて求められているといえます。