大阪市の教育史・文化にとって重要な施設の行方は…

 読売新聞(ウェブ版)2013年2月2日付に、『明治の幼稚園 お宝守れ…大阪市立「愛珠」』と『寛美さんの母校売却…旧大阪市立精華小』の2記事が掲載された。

 前者は、橋下徹大阪市長が打ち出した大阪市立幼稚園全園の民営化・統廃合方針に伴い、大阪市立愛珠幼稚園(中央区今橋)が所蔵している歴史的価値が高い教具類の扱いを指摘した記事である。

 愛珠幼稚園は現存する幼稚園としては大阪府内で一番古い幼稚園で、日本全国でみても数番目に古い幼稚園となっている。教育史の上でも重要な位置づけを占めている。

 同園は明治初期の1880年、船場の町人が資金を出しあって設置された。その後1889年の大阪市制施行の際に市に移管されている。また1901年建築の園舎は当時の教職員の意見を反映しながら保育に配慮した設計がされ、100年以上経った今でも現役で使用されていて国の重要文化財に指定されている。

 また同園では、明治時代にドイツから輸入されたピアノが現役で使われていたり、明治時代から昭和初期にかけての古い教具類が所蔵されている。

 愛珠幼稚園は入園希望者が多いことや歴史的背景を考慮して、廃園を避けて民営化する公算が高いとみられているが、民営化によって歴史的価値のある教具類が散逸することが懸念されている。大阪市教委の担当者は「民営化しても散逸を防ぐ対策を取りたい」としているという。

 また後者の旧大阪市立精華小学校(中央区難波)であるが、都心部のドーナツ化による児童数減少のため、1995年に大阪市立南小学校に統合され廃校となっている。同校の校舎は1929年に地域住民の寄付で建てられ、当時の学校建築の先端となっていた校舎だった。閉校後の旧校舎は、「精華小劇場」や生涯学習ルームなど、文化や地域活動に使用されていた。

 しかし大阪市は旧精華小学校校地を不動産業者に売却し、校舎を取り壊して跡地に商業施設を立てる計画になっているということである。

 学校は地域のシンボルとなりうるものであり、一般的に言えば地元住民の思いは強くなるものであろう。さらにこれらの施設は、単に地元のものというレベルにとどまらず、教育史という意味でも、建築や文化という意味でも、位置づけは大きい。簡単に民営化や売却を実施し、歴史遺産として大切なものを後世に残せなくなるのなら、極めて残念なことである。

 愛珠幼稚園については、同園に限らず大阪市の幼稚園民営化計画自体が疑問だが、少なくとも文化的・歴史的観点からも愛珠幼稚園の貴重な資料の散逸を防いで大切にしていかなければならない。精華小学校校舎についてもなんとかならないものなのだろうか。