小学校長の暴力事件:奈良・三郷町

 奈良県三郷町立三郷北小学校で11月14日、校長が4年生の児童に「体罰」を加えてけがをさせていたことが分かりました。


 報道によると事実関係は以下の通りだということ。校長は実名報道されていますが、引用にあたっては一応伏せておきます。

〔共同通信2006/11/22〕
 町教委によると、13日に、男児が給食中に茶わんの中でご飯を丸め、ふざけて天井に放り投げた。担任はその場で指導し、教頭を通じて校長に報告した。
 14日朝の登校時、○○校長が男児を呼び止めてほおをつかんで引っ張り、尻を6、7回たたいた。はずみで倒れた男児は右ひざにけがをし、ほおにもつめ跡が残った。
(中略)町教委に「食べ物を粗末に扱うことに憤って指導したが、行き過ぎだった。けがをさせ申し訳ない」と話し、反省しているという。
〔毎日新聞2006/11/22〕
 同町教委によると、男児の担任教師が13日、給食で茶わんに残った米を団子状にして天井に投げるのを目撃し、○○校長に報告した。○○校長は翌朝、登校してきた男児を校門前で見つけると、ほおをつかんで引き寄せ、尻を6~8回たたいた。男児は転倒し、足をすりむき、ほおにはつめ跡が残って血がにじんだという。男児はそのまま授業を受けたが、帰宅後、傷に気付いた家族が病院に連れて行き、全治1週間と診断された。○○校長は同日夕、男児宅を訪れて謝罪。町教育長には15日朝、報告した。
 同小によると、○○校長は「食べ物を遊び道具にするのは許されず、ここで指導しておかなければと強く思った」と説明したという。

 こんなものは指導ではなく、単なる感情的な暴行です。全くの論外です。
 「食べ物を粗末に扱ったこと」について強く指導するという主張自体は別に構いません。しかし暴力の行使で「指導」したつもりになっているのが、教育にあるまじき発想の貧困さを表しています。校長の「体罰」の原因について、たまたま子どもの問題行動を口実にしていますが、だからといって「体罰」=暴力を加えてよいという道理はどこにもありません。「子どもへの指導」は単なる言い訳にすぎなくなります。
 仮に校長の主張がまかり通るのなら、「この校長こそ殴って指導しなければならない」という、笑えない論理的帰結になりますが…。
 強く指導する=「体罰」ではありません。「体罰」に頼らない指導方法はいくらでもあります。
 登校してきたところをいきなりつかまえて暴力をふるうというのは「行きすぎた指導」でも何でもありません。暴力にほかならず、いじめやパワハラといっても差し支えありません。
 報道によるとこの校長、過去に子どもの心と教師の心について書いた著書を出版しているということ。心に関して本を書けるくらい知見がありながら、「『体罰』が子どもの心身に深い傷を与え、成長に悪い影響を与える」という、教育学・心理学の基礎中の基礎を理解していなかったのでしょうか。