どさくさに紛れて…

 下村博文官房副長官は10月22日朝、民放の報道番組に出演した際、教員免許更新制について、中教審で示された内容以上に教員免許更新の条件を厳しくするなどの方向で見直す方針を表明しました。〔『時事通信』2006/10/22〕〔『毎日新聞』2006/10/22

 下村副長官の発言に関しては、あまりいい表現ではありませんが「どさくさに紛れて、余計なことをしようとしている」という思いがぬぐい去れません。
 福岡のいじめ自殺事件で加害者の中に教師もいたことへの批判が高まっていることなど、教員免許更新制に対する世論での支持が得られそうな社会情勢ということを念頭に置いた発言だと推測できます。
 しかし、教員免許更新制で良質の教師が確保できるのか・教員の質が向上できるのかと問われれば、非常に疑問です。むしろ逆に、教師の質が悪化するだけのような気がします。
 教員免許更新制では、教師に評価を下すのは教育委員会や校長です。しかし、「教育委員会や校長自体が教育者として不適格」という場合はどうなるのでしょうか。推して知るべしです。
 例えば、北海道・滝川のいじめ自殺事件では教育委員会ぐるみのもみ消し工作、福岡・筑前町のいじめ自殺事件では「(いじめ加害者教師は)指導力のある教師で、早く教壇に戻ってきてほしい」「プレッシャーをかけていた(教師の生徒いじめをプレッシャーとすり替え)」など校長の数々のあきれた発言…。これこそが不適格の典型だと思いますが。
 不適格な人間や機関が教師を評価することになれば、常識的な教師が逆に「不適格」の烙印を押されかねません。また自分の生活のため、校長や教育委員会にすり寄っていくごますり教師も増え、生徒をないがしろにするような本来の意味での不適格教員が増加する気がします。
 生徒いじめをおこなう教師など、本来の意味での不適格教員を早急に排除するのは当然です。しかしそれは、学校や教育委員会などから独立した中立的な調査・判定機関の充実など、別の方法でおこなわれるべきではないかと思います。