批判者に責任転嫁工作?

 福岡県筑前町立三輪中学校のいじめ自殺事件に関して、問題を「マスコミ報道や批判世論が学校を攻撃している」かのようにすり替える動きが、本格化している様子です。
 『西日本新聞』2006年10月18日付によると、三輪中学校の父母保護者会(PTA)が、「連日の大勢の報道関係者による学校近辺での学校関係者・生徒へのインタビューや撮影が、子どもたちの精神状態に大きな動揺を与えている」として、「学校への教育的配慮を踏まえたルールある取材と報道」を申し入れたということです。
 また父母保護者会は、「取材拒否カード」なるものを作って生徒に配布したともいいます。


 この申し入れなるものや、取材拒否カードなるものの配布は、「学校にとって不都合な報道は許さない」という筋違いの逆恨みに基づく抗議だと断言できるでしょう。こういうふざけた要請やカード作りをすることに時間と労力を費やしたのなら、その分を学校の自浄能力を発揮するために生かしたらどうですか、といいたくなります。
 またこの手の教育事件で、マスコミ報道がウソだといわんばかりの態度をとるものは、自分たちの主張する事実関係を全く述べずに「ウソ」「偏っている」「間違っている」などと悪罵を加え、批判者に対しても「マスコミ報道を鵜呑みにしている、考える力のない馬鹿者」かのようなレッテルを貼り付けようとするのは、いつものことです。
 自分たちにとって都合が悪い事実・自分たちにとって気に入らない事実がマスコミ報道やインターネットで取り上げられているからといって、それがそのまま「マスコミ報道が間違っている」とか「偏っている」ということとは同一ではありません。
 しかしこの手の事件でマスコミや批判者を攻撃する論調は、自分たちの主張する事実関係を示さないまま「自分たちは客観的にものをみている。一般大衆は偏った報道を鵜呑みにして左右されている愚民」かのように言い立てるのが常です。
 一般にメディアリテラシーの原則としては「情報を鵜呑みにしてはいけない」とは言われます。しかし考えてみれば、この手の教育事件で加害を正当化する者こそが、自分たちにとって都合のいい情報だけを一方的に鵜呑みにして「自分たちは常に正しい。批判する者はけしからん」かのように振る舞い、都合の悪い情報は一方的にウソと決めつけて全く耳を傾けないという傾向があります。こういう人間が、メディアリテラシーの実践者かのように振る舞うこと自体が笑止千万です。
 マスコミ報道や批判者の論調に「ウソ・間違い」などという趣旨の文句があるのなら、自分たちの主張する事実関係を示せば済む話です。しかし、しょせんはそういうことは無理だから、感情的な罵倒に走るのでしょうか。
 学校側やPTAがマスコミや批判者を敵視した態度をとることは、学校ぐるみ・地域ぐるみの隠蔽工作とみて差し支えありません。