教育勅語、政府の「使用否定せず」に反対する声明:教育学関係17学会

 教育学関係の17学会は6月16日、教育勅語の学校現場での扱いについて、歴史資料としての批判的な取り扱いを除き、肯定的な文脈での使用禁止を改めて確認・徹底するよう求める声明を連名で出した。同日に代表者らが記者会見して明らかにした。

 政府は2017年4月、教育勅語の学校現場での使用について、「憲法や教育基本法に反しない形で授業で使用することは否定しない」として、容認できると受け取れるような政府見解を出した。

 しかし教育勅語については、大日本帝国憲法下の国家体制で国民を戦争にかり出す精神的支柱のひとつとなった歴史的経緯がある。終戦後はこのことへの反省から、取り扱わないように指示する文部省令を経て、教育基本法の発布で失効し、さらには国会で教育勅語の排除・失効確認決議まで出されたものである。

 徳目は道徳的に普遍的な内容が書かれているとして復権を図る主張もあるようだが、その徳目はすべて「一旦緩急あれば」を修飾する語句であり、すなわち非常時には自らを捨てて国のために尽くせ・その準備のために備えなさいと指示しているものである。表向き「良さそうな」徳目を並べても、このような背景をもつものが現代社会で採用されるはずはない。仮にその徳目が「良い」というのなら、教育勅語を持ち出さなくても、別の題材でも代替可能なものである。

 また、教育勅語の体裁自体、明治天皇が国民に与える・しかも皇国の体制は国や時代を超えて永久不変のものという形を取っている。しかし道徳は各個人が外部の事象にも触れながら、自ら考えて内面を形成するものである。また社会は個人の集合体であるという性格から、社会的に多くの人が了解していると認識されている道徳についても不変のものでもなく、時代や環境などの要素によって認識の発展・変化もありうるものである。教育勅語の「上から押しつけ」「特定の価値観が永久不変」という考え方も、現代の道徳思想や道徳教育の到達点とも相容れないことになる。

 声明では「政府は教育勅語には普遍的な価値が含まれており、憲法に反しないかぎり肯定的に扱うことも容認されるとしているが、戦前・戦中は国民を排外主義的、軍国主義的愛国心に導くことに使われた。肯定的に扱う余地は全くない」と指摘している。全くその通りである。

(参考)
◎政府の「教育勅語使用否定せず」に17学会が反対声明(NHKニュース 2017/6/16)