森友問題:私学審会長を大阪府議会に参考人招致

 大阪府議会は3月23日、森友学園問題で大阪府私学審議会が小学校の「認可適当」答申をだした問題について、私学審の梶田叡一会長(奈良学園大学学長・教育心理学者)を本会議に参考人招致した。

 梶田氏は、学園が土地を取得する前から審査手続きが進められたことについては「異例だと思った」としながら、国と土地取得の確約ができたことで「いけると思った」とした。

 私学審では2014年12月に「継続審議」(保留)とし、翌2015年1月に「条件付き認可」とした。議事録によると、私学審の委員からは財務状況や教育内容を懸念する声が強く出されたことがうかがわれるが、梶田氏は「条件を満たさなければ、途中で不認可になることもありうる」「最後の段階で基準をクリアしていればいいと思っていた」などとして、手続きには問題はなかったとする認識を示した。

 森友学園の籠池泰典理事長や外部からの働きかけなどは「なかった」とした。

 参考人招致によって、ますます疑問点が浮かび上がることになった。

 新聞報道によると、ある私学審議会委員は「誰が見てもおかしい話を、府は通しにかかった。よほど強い後ろ盾があると思わざるをえなかった」(しんぶん赤旗2017年3月1日「大阪府、「森友」の要望で緩和 借金あっても開校容認 私学審委員“強い後ろ盾感じる”」)と証言している。

 梶田氏の証言は、以前に新聞報道された証言とも齟齬が出ることになる。

同時刻におこなわれた証人喚問の内容との矛盾も?

 また大阪府議会での参考人招致とほぼ同時刻、国会では参議院・衆議院の各予算委員会で、籠池泰典理事長への証人喚問がおこなわれた。

 証人喚問で籠池理事長は、小学校の設置申請に当たっては畠成章・元大阪府議(淀川区選出、故人)に協力してもらったと証言した。畠氏の選挙区だった淀川区は、森友学園が運営する塚本幼稚園が立地する場所にあたる。畠氏は自民党所属で府議会議長を務めたが、2010年に維新の会ができたときには維新結成に陰で尽力したという。畠氏は2011年4月の府議選挙には出馬せずに引退したが、維新候補者が実質的な後継者となった。2011年府議選の淀川区選挙区では、自民党は候補を立てなかった。畠氏と同じ淀川区で、共産党から2011年の府議選挙に出馬した宮島正氏が、籠池氏の証言を実質的に裏付けるような発言をツイッターでおこなっている。


 畠氏は、森友学園が学校設置認可の申請を提出する約1ヶ月前の、2014年9月に死去している。

 学校設置認可については、籠池氏は認可申請の約1年前の2013年頃から大阪府に対して、必要な書類や手続きなど具体的な方法を問い合わせていることが判明している。

 学校設置認可申請から3年前の2011年には、森友学園側から大阪府に対して、私立小学校設置認可基準を緩和してほしいと要望があった。当時は橋下徹大阪府知事だったが、「規制緩和」路線として、松井知事就任直後の2012年4月より緩和された新基準が施行された。

 その際に籠池理事長は、当時維新の大阪府議だった東徹氏(現・維新参議院議員)に基準緩和を求めて働きかけたと、証人喚問で証言した。東氏の大阪府議時代の選挙区は住之江区で、籠池氏は当時系列幼稚園「南港さくら幼稚園」(現在は休園)を住之江区で運営していた。

 また、衆議院予算委員会の証人喚問で尋問に立った維新・下地幹郎衆議院議員は、籠池氏をなじるような口調で尋問をおこなった上、「(維新代表でもある)松井知事がはしごをかけてあげたのに、あなたは自分ではしごから落ちた」と口を滑らせた。下地氏の発言はネットでは「自爆」などと揶揄されたが、「はしごをかけた」とは「便宜を図った」という意味の比喩表現と受け取るのが自然ではないか。

謎は解明されていない

 籠池氏の理想とするような教育は、現代の日本社会とは相容れない。

 一方で、教育論以前の話として、財務状況や教員確保など一般的な学校運営としても成り立ちようがないものを無理やり通したとみられる状況になっている。通常ならばもっと準備してから出直してくれと門前払いされるような内容が、なぜ2017年2月まで結果的に籠池氏の要望通りに進んでいたのか。

 府議会での参考人招致と、国会での証人喚問を突き合わせると、背景らしきものは漠然と浮かび上がってきたものの、まだ謎が多いということになる。引き続き、ていねいに解明していかなければならない。

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