バレーボール部合宿中の死亡事故:学校との和解成立

 専修大学付属高校(東京都杉並区)1年生だった女子生徒が2003年7月、所属していたバレーボール部の合宿中に後頭部を打ち付けて倒れ3日後に死亡した事故について、6月30日に遺族と学校との間で和解がまとまったということです。

 遺族が2006年7月、東京地裁に提訴していました。
 学校側が遺族に和解金を支払うほか、事件風化を防ぐために死亡した生徒の名前を冠した球技大会を開催すること、学校内で発生した事故を調査する委員会を設置すること、被害者の母親が学校事故再発防止のための講演をおこなう、当時の顧問を1年間部活動指導に関与させない、などが和解条項に盛り込まれているということです。和解金の具体的な金額については、学校や遺族の意向により非公表になっています。
 事故の経過については、おおむね以下の通りとなっています。

(『日本の子どもたち』様のサイト・生徒の母親の手記(pdf)や各紙報道を参考に作成)
 2003年7月28日午後8時頃、合宿先の新潟県北魚沼郡湯之谷村(現・魚沼市)の体育館で、生徒は練習中にネットに引っかかって倒れ、後頭部を強打した。直後のミーティングでは、この生徒がぼうっとしている様子を顧問教諭らは認識していた。
 翌7月29日朝に練習を再開したが、生徒は午前中から数回倒れ込むなどの異変があった。午後3時40分頃に意識不明に陥って救急搬送されたが、生徒は7月31日朝に硬膜下血腫などで死亡した。
 顧問教師らは合宿の帰りのバスで、部員らに対して、死亡した生徒に関することをメモに記入するように指示した。「生徒の家族に渡す」として記入を指示したが、そのメモは遺族には渡されなかった。
 事故後顧問教師に対して遺族が事実関係の説明を求めたが、顧問は「学校に報告している」「すべて学校に任せている」などとして説明しなかった。また校長は事件について、バレーボール部の保護者会で「死亡した生徒は自己過失」などと話した。また学校は他の部員に対して、事故を外部に話さないよう口止めをおこなっていた。
 新潟県警は2007年12月5日、業務上過失致死容疑で顧問教諭2人を書類送検した。新潟地検長岡支部は2008年7月29日、嫌疑不十分で不起訴処分にしている。

 初期できちんとした対応をすれば、ここまでこじれることはありませんでした。学校側の対応は、初期対応の不十分さを隠すためにさらに遺族を傷つけるような対応をしてこじらせるという典型例です。
 後頭部強打の時点ですぐに医師に診せれば、また遅くとも直後のミーティングで生徒がぼうっとしていた様子と後頭部強打との因果関係を疑っていれば、その後の展開は異なったものになったと判断できます。
 また事故後の対応もひどいものです。責任逃れのために「事実を知りたい」という遺族をないがしろにし、また中傷とも思えるような対応までとっていることは、決して許されることではありません。
 今回の事故では和解という形になりましたが、事故の教訓を全国各地の学校で生かしていけるかどうかが問われるでしょう。