京都教育大学集団暴行事件:被害者への中傷続く

 京都教育大学体育科学生による集団暴行事件では、関係者から被害者への中傷が続いているということです。

 「加害者の知人」や「京都教育大学の学生」を名乗り、加害者の言い分を鵜呑みにし被害者を根拠なく中傷する見解をインターネット上で発表して問題になるケースも相次いでいます。mixiを使用して中傷していたことから発信者の身元が割れ、通っている大学から処分を受けた例も相次いでいるということです。

 被害者を中傷する主張の具体的な内容については、それを紹介してしまうこと自体が被害者中傷に加担してしまうのではないかという危惧があるために、詳しく紹介できません。

 共通点としては、「加害者から聞いた」と称する情報をあたかも客観的な「真実」かのようにすり替え、加害者の行為を正当化している点にあります。また加害者の行為を不問にして「騒ぐ被害者のせいで、加害者や無関係な学生が被害を受けている。被害者が悪い」かのように言い立てている点も特徴的です。

 しかし「加害者から聞いた」と称する情報の中身には説明の付かない矛盾点があり、稚拙な嘘・作り話だとわかります。稚拙な作り話であるにもかかわらず、中傷をおこなう人物は情報を客観的に判断せずに、加害者側の主張を鵜呑みにしています。都合の悪い事実関係には「マスコミ報道を鵜呑みにしている」などと攻撃や責任転嫁をおこない、自分たちこそが真実を知っているかのように振る舞うという行動パターンです。

 この手の輩は、学校関係の事件では必ずといっていいほど現れます。教師による生徒への暴力事件やわいせつ事件、生徒間のいじめ事件・集団暴行事件、学校事故など、この手の学校関係の事件・事故では、加害者本人や学校関係者・学校に近い立場の保護者や地域住民などから、この手の被害者攻撃が繰り返されたという例は多数ありました。

 中には福岡市立小学校のいじめ教師事件や、千葉県浦安市立小学校養護学級担任による知的障害児虐待事件・いわゆる「浦安事件」のように、多くの証拠から加害行為は明らかで、しかも裁判でも被害を認定している(=すなわち「事件は事実無根」などと主張した加害者の言い分には根拠はない、と明確に判断されている)にもかかわらず、加害者側は裁判結果すらゆがめて「裁判では被害者の主張は退けられた。生徒・保護者によるでっちあげ、冤罪」などとする悪質な攻撃を執拗に繰り返すというケースすらあります。両事件とも、インターネット上に被害者中傷サイトの存在が確認され、また当サイトにすら悪質な中傷・嫌がらせがありました。また両事件の加害者ともに、事件前から問題教師としての悪評があったこと、特定の意図を持ったと思われる集団(一部マスコミや自称「人権団体」など)の影が加害者の背後に見えること、などの共通点もあります。

 京都教育大学の事件にしても他の学校関係の事件にしても、明らかになっている情報を総合して判断すれば、直接の利害関係のない第三者にとっては、「加害者側の主張は何の根拠もない、自己弁護・被害者攻撃のための作り話である」と判断できます。

 当然のことながら加害者側の主張など、そもそも客観的事実からかけ離れた内容であるため、第三者には信用されるようなものではありません。しかし加害者側は、自分の主張に全く信憑性がないから相手にされないという根本的問題を棚上げにし、「被害者の嘘情報を鵜呑みにして流している(=自分の言い分を受け入れない、ということのすり替えにすぎませんが)マスコミとそれに踊らされた愚民が悪い。一方的に攻撃されている自分たちこそが真の被害者」かのように主張を飛躍させていくというのは、いつものパターンです。

 いわば、自分たちのおこなう悪質な中傷は「正義」で、事実を踏まえての正当な意見表明でも自分たちにとって気に入らなければ「悪質な中傷」とする身勝手な主張だといえます。

 今回の京都教育大学の問題でも例外ではありません。願望を元にその願望にあわせる形で「事実関係」(=物語)を組み立てるのは、学校関係の事件・事故が発生した際に学校関係者がおこなう常套手段です。しかし、そういう手法は社会的には決して許されない行為であることを学ぶべきでしょう。