次期学習指導要領答申の問題点を考える

 2020年度以降順次実施が検討されている次期学習指導要領。2016年12月に中教審がおこなった答申では、「アクティブ・ラーニング」概念、小学校英語の導入、高校における「歴史総合」「公共」科目の導入など、大幅な改編箇所も目立つ。

 一方で、それらの改編が子どものためになるかどうか、疑問符がつく。

 「アクティブ・ラーニング」の概念については、主体的に学ぶという方向性への変更自体には特に異論はない。その一方で、現行の教職員の過剰負担の状況を変えないまま新たな概念導入を持ち出しても手がまわらないのではないかという不安もある。また、これまでの試行例の分析では、「上」から押し付けるような形になることで逆に、学びを特定の型にはめているのではないかとも指摘されている。教員の創意工夫を活かせるような体制の構築が重要であろう。

 小学校英語の教科化についても、すでに学習内容が多数ある小学校課程にさらに内容を増やすことや、英語教育の専門家から出されている慎重論など、懸念される課題は多数ある。これも本来、慎重に対応されるべきものである。

 高校の「歴史総合」「公共」科目設置と必修化も気がかりである。「歴史総合」については、日本と世界の近現代史を融合させて学ぶという視点自体は、歴史教育の一つの方法論としてはありうるといえる。その一方で、偏狭なナショナリズム的な歴史観押し付けの道具として狙われていることもあり、警戒が必要であろう。「公共」については、従来の「現代社会」科目に代えて設置し、主権者教育など新たな内容も盛り込むとしている。一方で徳目注入的な道徳教育代わりに使おうとしているのか、科目の名称通り公の視点に偏り、日本国憲法における個人の尊重の視点が著しく欠けた教育内容ではないかという指摘もされている。いずれも要注意ではないかといえる。

 これらの改編の背景には、国が子どもに身に付けさせる「資質・能力」を先に決め、教師はそれに沿った指導方法や評価をおこなうように求めるという発想があると指摘されている。これでは、自主的な学びを掲げていても、実際は正反対に近いといえるものになってしまう。

 現場の教員や研究者など専門家をはじめ、保護者をはじめとした住民の知恵も出し合いながら、子どもたちにより良い学びを確保できるような体制を考えていきたい。