大阪市の児童行方不明事件:虐待の兆候あった

 大阪市西淀川区の小学4年生児童の行方不明事件は、母親とその内縁の夫などが児童の遺体を遺棄したという最悪の展開になってしまいました。この事件に関連して、被害児童に対する虐待の兆候が把握されながらも、結果的に対策がとられなかったことも明らかになっています。

 児童の自宅近所の住民などが、児童の叫び声などを聞いていたことも明らかになりました。また児童の通っていた大阪市立佃西小学校では、1月にこの児童の顔にあざができていることに気付き、児童に事情を聴いていたということです。この際に被害児童は「母親の内縁の夫から殴られた」と話したということです。
 しかし学校側の問い合わせに対して母親が虐待を否定するような発言をしたこともあり、学校側は結果的に児童相談所への通報を見送ったということです。また児童が3月中旬から長期欠席したあとも単なる体調不良くらいに考えて強い対応をとれなかったということです。
 児童虐待事件では、加害者が事実を隠蔽したり、また事実が発覚すると「事実無根の変な因縁を付けられた自分こそが被害者」かのように事実関係をすり替えて振る舞い、「逆切れ」や逆恨みのような態度に走るのはいつものことです。これは、家庭での親による児童虐待事件にしても、児童関連の施設や団体での指導者・職員などによる虐待事件にしても、学校での教師の暴力・いじめ事件にしても(学校教育での行為は、用語としては教師の暴力・「体罰」という別の用語があてられますが、事件の実態を検討すれば児童虐待と同等の行為だといえます)同じです。
 児童虐待事件については、疑わしいという兆候が他の人に気付かれた時点で、事件の実態は深刻なものになっていることが経験的に知られています。この手の加害者は卑劣な輩なので面倒なのですが、被害に遭っている子どものことを考えれば強い対応こそが重要になります。
 結果論でしかないといえばそうなのかもしれませんが、振り返ってみれば児童を救い最悪の事態を防ぐ機会が何度もあったにもかかわらず、機会を逃してしまって最悪の結果を招いたという感が否めません。

スポンサードリンク