教員評価の実状:毎日新聞の記事より

 『毎日新聞』2009年4月15日付(東京朝刊)が『先生:競争の現場から/2 ゆがみ生む「教員評価」』という記事を掲載しています。

 記事では、校長が教職員に対しておこなう教職員への勤務評価の実状をまとめています。
 大阪府立高校では勤務評価が教職員への給与にも反映されるということです。「国語を教える私を、社会科が専門の校長がどうして評価できるのか」と疑問を持って関係資料を提出しなかった国語教員の声が紹介されています。資料未提出の場合は自動的に昇給が止まるシステムになっているということです。
 この教員は、以下のような状況を語っています。

 「校長にすり寄る教員はいない。けれど……」。勤め先の高校では、生徒を英語スピーチコンテストに参加させるなど、張り切った振る舞いをする同僚が増えた。授業計画を相談し、苦手分野の指導法を学びあうことも減った。教諭は嘆く。「評価が教員間の競争を生み、分断してしまった」。

 また埼玉県内の中学校の元校長は、以下のような証言をおこなっています。

 「校長も現場も仕事が増えただけ。管理職側は『教育委員会が言うから仕方なくやっている』感じで、教員は『給与に関係ない』と思い、どうでもいい、という雰囲気」
 さらに「校長なら経験のある人もいると思う」と前置きし、ゆがんだ実情を話した。「指導力がなく異動させたい人には、意図的にAを付ける。目に留めた他校が引っ張ってくれるから」
 どんな組織でも評価は必要だと、元校長は考える。しかし「子どもとうまくやっているようでも成績が上がらなかったりと、評価は難しい。給与に関係してくれば、問題児を持ちたがらなくなる傾向が出ることも予想される」と不安視する。

 教職員自身が自らの教育実践を再検討するという意味での評価は必要だとはいえます。しかし評価そのもののあり方にゆがみが出ている実状が浮き彫りになります。
 教育の場合、一つの尺度で数値的に評価できるというような性質のものではありません。評価をあげるためには、すなわちテストの成績や進学実績・部活動や対外的な大会などの成績などにばかり目がいったり、逆にいじめなど不都合なことは存在そのものをなかったことにしてしまうなどの風潮が、従来以上に進んでしまうことが危惧されます。

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