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検定撤回求める運動、年明けも継続

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 高校日本史教科書の沖縄戦「集団自決」検定問題で、沖縄県の超党派の県民大会実行委員会は検定撤回を求める運動を続け、年明けにも文部科学省に要請をおこなう方針を固めました。

 再申請を受けて2007年12月に発表された訂正記述については、一部では「最初の検定よりも踏み込んだ記述となった。検定意見は実質上撤回された」と評価する向きもありました。しかし実際には、「最初の検定と基本的に変わらないし、検定意見を撤回しているわけでもない」という厳しい評価が大半を占めています。再申請の原記述を審議の過程で削らせ、結果的に当初の検定より多少ましというレベルの記述まで後退させています。情報が明らかになればなるほど、批判や反対の声も高まっています。

記述の変遷
検定前の申請本
(2006)
検定
(2007.3)
訂正申請の原記述
(2007.11)
認定された記述
(2007.12)
清水書院
『高等学校日本史B 改訂版』
日本軍に集団自決を強制された人もいた。 集団自決に追い込まれた人々もいた。 手榴弾を配布されたり、玉砕を強いられたりするなど、日本軍の強制によって集団自決に追い込まれた人々もいた。 軍・官・民一体の戦時体制のなかで(中略)住民のなかには、日本軍の関与のもと、配布された手榴弾などを用いた集団自決に追い込まれた人々もいた。
実教出版
『高校日本史B 新訂版』
日本軍のくばった手榴弾で集団自害と殺しあいをさせ 日本軍のくばった手榴弾で集団自害と殺しあいがおこった 日本軍は、住民に手榴弾をくばって集団自害と殺しあいを強制した。 日本軍は、住民に対して米軍への恐怖心をあおり、米軍の捕虜となることを許さないなどと指導したうえ、手榴弾を住民にくばるなどした。このような強制的な状況のもとで、住民は、集団自害と殺しあいに追い込まれた
三省堂
『日本史A 改訂版』
日本軍に「集団自決」を強いられたり、 追いつめられて「集団自決」した人や、 日本軍に手榴弾を手渡されて自決を強要された 日本軍の関与によって集団自決に追い込まれた人もいる
しんぶん赤旗2007/12/27、読売新聞2007/12/27、沖縄タイムス2007/12/26を参考に作成

 検定意見を撤回しなかったことで、再申請でも「軍の強制」は認められず、当初の検定意見に沿った記述への後退を余儀なくされています。
 文部科学省は「多様な要因・背景がある」から「軍の強制」は断言できないという論理です。しかし文部科学省のいうところの「多様な要因・背景」を生み出した根本に「軍の強制」があるというのが、この間の学術的な到達点です。またそもそも、「強制があったかどうか断定できない」という当初の検定意見そのものが学術的にも大きな疑問が持たれている上、検定に特定右派勢力の政治介入がおこなわれていることも明らかになっています。
 例えば文部科学省が「強制があったかどうか断定できない」という根拠にした、大江健三郎氏の著書『沖縄ノート』に関する裁判についても、「そういう主張をおこなっている人がいることは数十年前から知られている。2005年に提訴された裁判を元に『学説が変わった』とはいえない」と論駁されていますし、また特定の主張を元にして一方的に「学説の変化」とはいえないことも明白です。
 また教科書検定関係者には「つくる会」やそこから分裂した勢力につながる人物が占め、検定意見に強く介入したことも明らかになっています。
 政治介入をおこなった側は、自分たちの政治介入を棚に上げて逆に「再申請を求めた世論こそが政治介入」などと攻撃をおこなっています。全くあきれかえる主張です。
 検定が特定右派勢力の政治介入によっておこなわれたものである以上、「政治介入によってゆがめられたものを元に戻し、同種の誤りを将来的にも繰り返させないようにする」という視点から検定撤回を求める運動は続けられるべきだといえます。