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何のための全国テスト(読売新聞)

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 『読売新聞』2007年11月17日付に『何のための全国テスト』という記事があります。

 同紙では、「10月24日の公表当日こそ新聞各紙が紙面を割いたが、その後の報道は限られている。」として、「その後」を視野に入れて論じています。
 『読売』の論調としては、以下のようなことがあげられます。

  1. 「序列化」や「過度の競争」は起こっていない。「序列化」や「過度の競争」を心配して、市区町村別の平均点公表をためらう動きこそ過度な動きではないか。
  2. 「何のためのテスト」だったのか、目的が不明確。今のままのテストを続けていいのかということは再検討されなければならない。

 『読売』論調については、個人的には「同意できる点も不同意の点も混じっている」という印象を受けました。
 「序列化」や「過度の競争」については、記事では以下のように論じています。

「国のテストだから、しゃかりきになることもない」という意識が広がってはいないか。
 「序列化」や「過度の競争」を心配する文科省の方針もあだになった。これまで頑張ってきた成果として、テスト結果を住民に示したいと考えている市町村でさえ、公表に踏み切れないのはなぜか。文科省の定めた実施要領でも、自分の町の結果全体は、独自の判断で公表できるのに。
 都道府県レベルでの正答率の差は、少しは話題になったが、どこに序列化や過度の競争の動きが見られるのか。むしろ、それとは逆の動きこそ、過度ではないのか。

 全国学力テストをめぐる実際の動きを見ると、逆なのではないかと感じます。
 一部の自治体は、平均点を上げるために事前対策を各学校におこなわせたことが明らかになっています。また、テスト実施中に誤答に気付かせる声かけをおこなった教師などが各地で報告されています。これこそが「過度の競争」ではないかといえます。
 「序列化」にしても、ひとたび都道府県別の順位が発表されると、実際は統計上の誤差程度しかない差にもかかわらず順位に異常に執着して右往左往しているだとか、全国平均と比較して自分の都道府県の平均点が上回っている(下回っている)からどうのこうのだとか、そういう視点での動きが見られます。
 「「序列化」や「過度の競争」を心配する文科省の方針もあだになった。」としています。しかし元をたどれば、同じ記事でも触れられているように「抽出でないテストとなったのは、全国津々浦々の学校が競い合うことで、学力向上を図るという、当時の文部科学大臣の判断によるものだ。」という問題がありました。全国学力テストが生まれた過程そのものに、序列化や過度の競争を企図する思想があります。
 このような方針が発表されたものの、露骨な序列化・過度の競争は国民世論に支持されずに反対論や慎重論が多く生まれて、文部科学省も平均点公表を都道府県別にまでとどめるという方針を出さなければならない状況になったということです。この歴史的背景をふまえておかなければ、「実際は序列化と競争をすすめたがっている文部科学省が、まるで積極的に序列化や競争を防ぐ先頭に立っている」かのように誤解される危険性があります。
 ほかにも、今回のようなやり方での全国学力テストは、以下のような問題があります。

  • 全体の傾向把握と教育行政の資料とする目的ならば、抽出調査で十分ではないか。
  • 個人の学力把握ときめ細かな対策をとる目的ならば
    • 成績返却に時間がかかりすぎている。
    • 個人票も「各設問の個人の正誤と全国平均正答率」しか書いておらず、子どもが具体的にどこを理解しどこが不十分なのかという学力把握やフィードバックには役立たない。

 これでは、目的が不明確・中途半端な印象をぬぐえず、「何のための学力テストなのか」という問題があります。そもそもの目的が「序列化と過度の競争」だったから、後付けの理由を付けても中途半端にしかなり得ませんし、実際に序列化と過度の競争が自己目的化する実態が各地で生まれました。
 現在のような形での全国学力テストは廃止すべきですし、少なくとも抜本的に見直されなければなりません。