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教科書検定:訂正申請への攻撃

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 沖縄戦の「集団自決」記述をめぐる高校日本史教科書検定問題では、検定で修正を余儀なくされた5社に加え、検定では訂正意見が付かなかった1社も訂正申請をおこないました。一方で、『産経新聞』2007年11月11日付の報道が気になりました。

 『産経新聞』2007年11月11日付『文科省が「学習上の支障」と示唆・誘導 沖縄戦集団自決の訂正申請理由』によると、以下のような内容が指摘されています。

 沖縄戦集団自決をめぐる高校日本史の教科書検定問題で、文部科学省が、軍命令・強制を修正・削除した教科書会社に対し、訂正申請の理由を「学習上の支障」とするよう示唆し、暗に誘導していたことが分かった。
 訂正申請の理由は、教科書会社が決めるもので、教科書検定規則では誤記誤植を原則としている。例外的に認められる「学習上の支障」を訂正申請の理由としたことには疑問の声が多く、文科省の姿勢にも批判がでている。
(中略)
 「学習上の支障」は、原則的に視覚障害者への色彩の配慮、問題の並べ方の誤り、難しい専門用語に対する脚注の追加-などに限られてきた。これを安易に認めれば、検定意見に反する訂正申請が今後も行われる懸念があり、検定制度をゆるがしかねない。

 しかし、このような指摘は全く当たりません。
 まず、もともとの検定のやり方そのものが、特定の政治勢力の主張にくみするようなやり方で、政治的立場に沿っておこなわれたことが明らかになっています。
 教科書検定を直接扱った文部科学省の審議官や教科書審議会の担当者のうちの半分が、「新しい歴史教科書をつくる会」の扶桑社教科書に関与した人物との深いつながりがあること、すなわち「集団自決はなかった」などと喧伝している右派勢力であることが明らかになっています。
 また文部科学省の検定意見の変更の根拠となった、「集団自決」は冤罪だと主張する勢力が、「沖縄ノート」著者の大江健三郎氏や発行元の岩波書店を訴えている訴訟についても、原告側の主張に疑問がみられます。原告は訴訟前に申し入れや抗議をおこなうことなくいきなり訴訟を起こしていることや、ほかにも原告の態度に矛盾が多くあることが指摘されていることなど、政治的な思惑でおこなわれた訴訟であることが明らかになっています。この訴訟の原告や支持勢力は、「教科書の記述を変えさせるのが目的」と受け取れるような主張もおこなっています。学問的にも定説とはいえない内容の上、原告の主張の信憑性という根本内容から疑われるような訴訟を、あたかも「有力な説の一つ」かのように扱って記述変更を強要させたことこそが問題です。
 すなわち、わざわざ不正確な記述・誤解を招きかねない記述へと訂正させたという検定の経緯から考えると、教科用図書検定規則(教科書検定規則)の「学習を進める上に支障となる記載」(産経新聞で「学習上の支障」としているもの)を理由に訂正申請しても、特に問題はないといえます。

教科用図書検定規則(平成元年4月4日文部省令第20号)
(検定済図書の訂正)
第13条 検定を経た図書について、誤記、誤植、脱字若しくは誤った事実の記載又は客観的事情の変更に伴い明白に誤りとなった事実の記載があることを発見したときは、発行者は、文部科学大臣の承認を受け、必要な訂正を行わなければならない。
2 検定を経た図書について、前項に規定する記載を除くほか、学習を進める上に支障となる記載、更新を行うことが適切な事実の記載若しくは統計資料の記載又は変更を行うことが適切な体裁があることを発見したときは、発行者は、文部科学大臣の承認を受け、必要な訂正を行うことができる。
3 第1項に規定する記載の訂正が、客観的に明白な誤記、誤植若しくは脱字に係るものであって、内容の同一性を失わない範囲のものであるとき、又は前項に規定する記載の訂正が、同一性をもった資料により統計資料の記載の更新を行うもの若しくは体裁の変更に係るものであって、内容の同一性を失わない範囲のものであるときは、発行者は、前2項の規定にかかわらず、文部科学大臣が別に定める日までにあらかじめ文部科学大臣へ届け出ることにより訂正を行うことができる。
4 文部科学大臣は、検定を経た図書について、第1項及び第2項に規定する記載があると認めるときは、発行者に対し、その訂正の申請を勧告することができる。

 このような経過を全く無視し、あたかも「文部科学省と教科書会社が手を組んで不正確な記述を押しつけようとしている」かのように事実をでたらめに描き、「集団自決はなかった」という特定の立場を押しつけるために訂正申請を敵視することは、全くの言いがかりといっても差し支えのない内容です。
 同時に、文部科学省が検定結果を撤回しないことが、「産経新聞」のような論調での攻撃を生み出す余地を与えていることにも注意しなければなりません。文部科学省は自らの責任をあいまい・不問にするために検定結果を撤回しない方針だとみられますが、このような攻撃の余地をなくすためにも、検定そのものの撤回も求められます。