暴力教師ともめると生徒が一方的に悪者扱い

 千葉県船橋市の中学校で2005年5月、生徒に継続的に暴力を加えていた男性教師(42)が、生徒とのトラブルを「対教師暴力」扱いして警察を呼んで生徒を補導させた事件がありました。学校側は「被害」教師のウソを鵜呑みにして、生徒を一方的に悪者扱いにした事故報告書を千葉県教委に提出していたことがわかりました。情報公開制度によって、生徒側がその事実を知ったことです。〔『毎日新聞』2006/12/26

 事実関係としては、「日常的・継続的に『指導』と称して暴力を繰り返した教師にたまりかねて、生徒が『今まで暴力をふるっていたことを謝れ』と暴力教師に抗議した。その過程でもみ合いになり、生徒は教師を1発殴った。それを教師は、『一方的な対教師暴力』としてあたかも『数十発殴られた』かのようにウソを並べ立て、警察を呼んで補導させた。その上事故報告書では、教師の暴力は不問にして、生徒の暴力を過大に書きたてて一方的に生徒を悪者扱いしている」というひどい代物です。

 生徒の暴力を肯定する気はありませんが、それ以上に教師の態度の方がきわめて悪質です。

 教師の態度は、教師以前に一人の人間として最悪です。自らは暴力をふるっても「指導」と強弁しながら、少しでも自分が不利になれば「対教師暴力」扱い。しかも被害を過大に言い立てるという大嘘をつく。開いた口がふさがらないとはこのことです。

 自分は暴力をふるっておきながら暴力を正当化し、その上少しでも反撃されると被害を過大に言い立てて相手を陥れ、さらに二次被害を与える、まさに暴力教師・「体罰」教師の典型例です。

 あくまでも暴力教師の論理を厳密にたどれば、「教師の暴力を指導というのなら、この生徒の暴力も、反社会的行為をおこなった非常識な教師への『ありがたい指導』と思うべき。こんな反社会的で非常識な教師は殴られても仕方がない。この教師は継続的に暴力を繰り返してきたのだから、たった1発殴られたくらい自分の加害行為に比べればどうということもない」という結論になります。

 しかしそういう結論には達せず、逆に少しでも不利になると自分が一方的な被害者かのように振る舞うのだから、暴力・「体罰」教師の論理は根本から矛盾しています。また、殴られても反省せず、逆恨みして一方的に被害者面しているというこの教師の態度は、皮肉にも「体罰」・暴力は教育効果がないことを、「体罰」・暴力教師自身が示しています。

 またこの教師が日常的・継続的にしてきた行為は、暴力・「体罰」にほかなりません。暴力や「体罰」の事実関係を把握しながら、それを「体罰」と認定せずに「指導」と強弁することは許されません。千葉県教委・船橋市教委はこの教師の行為を「体罰」と認め、所属校と実名を公表した上で厳しく処分すべきです。

 また、暴力教師が自分に有利なようにウソを並べ立てた事故報告書が作成されたことも、断じて許されることではありません。学校側の行為は、公文書偽造に当たる危険性すらあります。

 学校の事件、とりわけ教師が絡む事件については、今回のように教師に有利な報告書が作成される危険性があります。第三者機関を設置しての公正な調査が求められます。