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毎日新聞調査:「体罰」反対と一部容認が拮抗

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 毎日新聞が2013年2月2日・3日に実施した全国世論調査によると、「体罰」を一切認めるべきではないが53%、一定の範囲で容認するというのが43%と、「体罰」に関する世論が二分されている結果が出た。

 男性では一部容認派がやや上回り、女性では否定派がやや上回っているという。また年代別では20代・30代で容認派が上回っているという。
 さらに毎日新聞では、桜宮高校「体罰」自殺に関連して橋下徹大阪市長が体育系学科入試中止を打ち出したことに対しても質問している。入試中止を「支持しない」が53%となり、「支持する」の40%を上回っている。
 私見では、いわゆる「体罰」とされる行為は一切容認されるべきではない。
 一部容認といっても、容認されるものとされないものを判断するのは加える側の個人的な感情である。
 「体罰」を加えて問題になった加害者や、加害者に近い立場の者が、「これは正当な指導で、問題視する者が悪い」と居直り、さらには「何らかの理由で指導についていけなくなったことや、部活動などでレギュラーを取れないなど地位を築けなかったことを逆恨みして、指導者を悪者に仕立て上げて学校や部活動に混乱を持ち込んだ」かのように言い立てて被害者を攻撃する例は、これまでにもいくつもあった。こういう居直りは、少しでも「体罰」を容認する限り必然的に続くものである。
 また加害者側が勝手に「容認される」と主張しても、被害にあった児童・生徒の側にとっては何の教育的効果ももたらさない上、苦痛しか残らない。しかも暴力で物事が解決できるとか、強い立場の者ならば弱い立場の者に暴力を加えてもいいとか、そういう間違ったことを身を持って示すだけである。いじめの手本を見せていることにならないのだろうか。
 「体罰」のおかしさ・理不尽さに自ら気づくことができた人は別として、暴行を受け続けても理不尽さに気づくことができないまま「指導」と思い込んで成人した者は、指導する立場になった場合に「体罰」や虐待を繰り返すことにもつながりかねない。その意味でも「体罰」容認は危険である。
 現状「反対」と「一部容認」がほぼ半数となっている。反対論が当たり前となっていくような雰囲気を作っていかなければならないだろう。
(参考)
毎日新聞世論調査:体罰認めず53% 一定の範囲で容認42%(毎日新聞2013/2/4)