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桜宮高校事件を利用した教育介入

 大阪市立桜宮高校「体罰」自殺事件を口実にした橋下徹大阪市長の暴走が止まらない。1月17日には、橋下氏が求めている「桜宮高校教職員の総入れ替え、少なくとも運動部顧問の全員異動」を市教委がおこなわなければ、教職員の人件費を予算執行しないなどと発言した。

 また「大阪都構想」で打ち出した市立高校の府への移管を前倒しすること、桜宮高校体育系学科の入試中止、市立学校校長を全員外部公募にして入れ替えるなども表明している。
 これはもはや、かねてから教育介入を狙っていた橋下市長が、暴力教師の存在を格好の口実にして介入を強める策動に出ていると判断せざるをえない。そこには自殺した生徒や家族、「体罰」被害にあった生徒、また学校関係者や受験生への配慮は全くない。
 橋下市長は、今回の事件では一見すると「体罰」反対かのように振舞っている。しかしそれは、所詮は見せかけだけである。もともと「体罰」容認発言を一貫して繰り返し、今回の事件関連でも発言をじっくり見ると「体罰」は容認するがおこなう場合はルールが必要ということに固執している。
 さらに悪質なのは、自らは「体罰」を積極的に肯定・容認しながら、暴力事件が問題になると「生徒や保護者の意識の問題」かのように攻撃にも使っていることである。確かに、当該教師の暴力を肯定するOBや保護者も一部いることは事実である。しかしそれはあくまでも一部である。
 ツイッターで暴力教師をかばい立てる書き込みを繰り返していた「自らも桜宮高校OBで子どもも在学中の主婦」というアカウントの者は、以前の書き込みでは橋下・維新を熱烈に応援するような書き込みを繰り返していたというおまけまである。暴力容認の者は橋下と近い立場であるにもかかわらず、それ以外の生徒・保護者がおかしなことを言っているかのようにすり替えて攻撃しているのである。
 教職員の総入れ替えなど、教育活動の継続性を否定し、生徒に混乱を持ち込むだけである。「体罰」を常習的に繰り返し重大な結果を招いた暴力教師については免職なども含めた措置はありえるし、暴力を知りながら隠蔽する形になった管理職についてもしかるべき責任が問われるべきであることは言うまでもない。しかし桜宮高校に勤務している教員や、同校で学ぶ生徒すべてが悪というわけではないだろう。教職員や生徒の個別の動きを慎重に判断しなければならないのに、ひとくくりに「敵」扱いするのは異常なことである。
 しかも生徒の中には、当該教師に暴力被害を受けた被害者もいるのに、加害者の責任をなすりつけられる形になるのは、結局「被害を訴えた者が悪い」という誤った攻撃にさらされる口実を橋下市長が作った形になるのではないか。
 また入試中止についても、受験生に混乱を持ち込むものである。通常の学科の募集停止などでも、周知期間をおくなどして実際に停止できるのは2-3年後となる。突然の中止、しかも試験から1ヶ月半前での中止など、通常ではありえない。
 大阪市の中学校長会は1月17日、「生徒・保護者に不安と動揺を与える」として、入試実施を求める要望書を提出した。しかし橋下市長は「こういう校長は外部公募で代える」などとはねつける態度を示した。しかし、感情論だけで教育に介入して引き回し、現場から意見が出ても罵倒するだけの、こういう市長こそありえないといえる。
 橋下市長のような態度では、事実関係を曖昧にして再発防止策を引き出せず、また取り組みや教訓を全くなかったものにして、結果的に暴力教師をかばい立て再発の火種を残すだけにしかならないだろう。