※当ブログは新サイト に移転いたしました。

新規の編集は、新サイトの方で実施しています。

義家政務官も「体罰」容認ととれる発言

 大阪市立桜宮高校「体罰」自殺事件について、義家弘介文部科学省政務官が1月15日に大阪市役所入りし、市教委幹部らに事実解明を直接指導した。

 義家氏は「これは『体罰』ではなく暴力」などと発言した一方で、ミスをしたらコートを10周走らせることなどを例にあげ、「体罰」も場合によってはありえると受け取れるような発言もおこなっている。
 このような認識は、橋下市長とも共通の「体罰」容認論である。一般に「体罰」教師は、自分の行為を「正当な指導で『体罰』でも暴力ではない」として、暴力行為や人権侵害行為を繰り返して問題になる。許される「体罰」、正当な指導の範囲での「体罰」もありうるという発想では、「体罰」と称した暴力行為を生む土壌を作っていることになる。
 「体罰」容認論の中には、「体罰」と暴力との区別をきっちりと線引きすれば良いという主張もあるが、そもそも「体罰」とは暴力そのものであり、教師や指導者の暴力を教育的指導かのように見せかけるために言い換えた用語にすぎないとも言える。もともとほぼ同じ意味なのに、区別など不可能である。
 「体罰」も暴力も徹底的に排除していかなければならないし、「体罰」を少しでも認めるような教育関係者や行政関係者は教育・子ども関係のポストからは去るべきではないか。