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子どもの声が「騒音」扱いされる問題

 子どもの遊び声や泣き声などが、時として「騒音」扱いされることもある。子どもの「騒音」に関する2件の対極的な雑誌記事が掲載されていた。

 1件の記事は『Voice』2012年12月号、漫画家・さかもと未明氏のエッセイ『再生JALの心意気』。同氏がJALの飛行機に乗った時、泣き続ける赤ちゃんに立腹し、「もうやだ、降りる、飛び降りる!」などとして着陸態勢に入っているにもかかわらず飛行機の出口に向かって走り出し、途中で赤ちゃんの母親のところへ行って文句をいった。さらに着陸後も「飛行機のなかに、音の漏れないコンパートメントをつくるとか、子供を乗せる場合は、子供が騒いだときに寝かしつけられる薬を親にもたせるように周知徹底するとか、できないの? 2歳以下は乗せないとか……」などとJALスタッフにクレームをつけたという話。そして航空機の公共交通マナーを確立しようという方向に話を持っていっている。
 一方でこの記事がネットで読めるようになると、さかもと氏の行為への批判的意見が相次いでいる。「マナーというなら、着陸中の機内で歩きまわった行為はどうなるのか。マナー云々はまず自分ではないか」「赤ちゃんの母親は肩身の狭い思いをしているだろうに、追い打ちをかけてどうするのか」「赤ちゃんを薬でコントロールするという発想は怖い」といった批判が多いようである。
 もう1件は『AERA』2012年11月26日号、『子どもの声は騒音? 賛否両論寄せられた区長のツイート』。東京都世田谷区の保坂展人区長が「役所に寄せられるクレームの中で、「保育園で子どもたちの声がうるさい』というものがある」「防音壁を作ったり、子どもを園庭に出さないということも起きている」とツイッターで紹介した問題への反響。保坂氏へのインタビューが掲載されている。
 保坂氏は、聴覚過敏などの疾患を持つ人などへの配慮は必要としたうえで、その場限りの対応でクレームを受け入れる形で子どもの外遊びを制限するような形になるのは良くないと訴えている。

 1980年代から90年代に、ジャーナリストとして校内暴力やいじめ問題を追ってきました。掘り下げていけば、これらの問題も幼児期の集団遊びの機会と経験が足りないことと関連しています。大声で泣いたり笑ったりといった経験は、子どもの発達に欠かせないもの。子どもの遊ぶ権利を奪うことは、必ず社会に大きなひずみを生むでしょう。

 保坂氏はその上で、「保育園に限らず、近隣騒音問題は長年続いてきました。たとえ時間がかかっても、地域が主体的にコミュニティーを再生するなかで解決していくことが求められています。」と訴えている。
 航空機で泣く赤ちゃんと保育園の騒音という細かい違いはあるが、「子どもの騒音」でクレームをつけた側のさかもと氏、受けた側の保坂氏が、同時期に別々の雑誌記事に出たことになる。
 個人的にはさかもと氏の行動には同意しがたいし、同氏には非常識という批判は免れないだろうという印象を受ける。一方で保坂氏が指摘するように、子どもの存在を「騒音」扱いせずにのびのびと発達できるような環境づくりも考えていかなければならないと感じている。