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京都教育大学事件:無期停学取り消し判決(2)

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 京都教育大学体育科学生による集団暴行事件(2009年)で、関与した学生が大学側からの無期停学処分無効を求め提訴し、京都地裁が学生側の訴えを認める判決を出した問題。

 自らの不適切行為は認めているにもかかわらず無期停学処分を不当として提訴するような、学生側の行為は腑に落ちません。当ブログでも先のエントリで、「悪いことをした教師が、自分の行為が問題視されると「一方的に不利益を受けた」と描いてこの手の居直りや脅し・提訴などをすることはよくありますが、教育大学の学生もこんなものなんでしょうか。」と記載しました。
 この問題に関して、学生側の対応について詳細に分析しているブログを見つけました。当該ブログでは、学生側の対応については矛盾点がいくつもあると指摘しています。
 当該ブログを読むと、学生側の対応のおかしさの原因はここにあったのかと納得できます。「不起訴(=無罪)だから無実」ということに持ち込もうとしているのでしょう。
 微妙な自称「冤罪」事件ほど、加害者やその支援者は「不起訴・無罪だから無実」を振り回して「冤罪被害者」を装おうとします。しかし「無罪だから無実」は必ずしも成り立ちません。
 似たような事件だと、千葉県の小学校で教師が児童に悪質な性的虐待行為を加えた「浦安事件」(2003年発生)でも、犯人は刑事裁判で「無罪」になったことをいいことに支援者の自称「人権団体」とともに「無罪だから無実」なる主張を繰り返しましたが、最終的には民事裁判で犯行の事実関係が全面認定され被害者側への損害賠償を命じる判決が確定したことも思い出します。
 京都教育大学の事件では学生自身も「不適切な行為」を認め、また被害学生とも示談をおこなっています。何もなければそもそも、示談をする必要はなかったのではないでしょうか。