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『障害児教育 共に学ぶ理念の実現を』(東京新聞)を読む

 東京新聞2010年11月21日付社説『障害児教育 共に学ぶ理念の実現を』では、障害児を普通学級で学習させるインクルーシブ教育を主張しています。

 むろん共生の取り組み自体は否定すべきものではありません。しかし特別支援教育を「隔離・差別」かのようにとらえているかのようにも受け取れる発想で論を組み立てているのは少し気になります。
 社説では以下のように指摘しています。

政府の求めで教育制度の在り方を並行して協議中の中央教育審議会の専門家らは「教育環境が整わないまま子どもを同じ場に組み入れると混乱する」などとして、後ろ向きの意見を近く集約する姿勢だ。障害者の人権を守ろうとの意識がすっぽりと抜け落ちた議論で、本末転倒だ。

 中央教育委員会の見解について「後ろ向き」ととらえています。
 しかし実際には、教育環境が整わないまま機械的に普通学級に放り込むことを主張し、児童の実態にあった教育がされずに放置される状況が生まれることを意に介さないとすれば、それこそ「障害者の人権を守ろうとの意識がすっぽりと抜け落ちた議論で、本末転倒」になってしまうのではないかといえます。
 社説では「三年前に日本が署名した障害者権利条約の理念に照らせば、障害児を判別して、学ぶ場を決める権利を奪うのは差別だ。」とも書かれていますが、上記の引用文章と比較すれば「特別支援学校や特別支援学級は差別・隔離」と暗に主張しているようにも受け取れます。
 もちろん障害児の状況や希望を無視して機械的に特別支援学校や特別支援学級に放り込むという状況があったとすれば、そういう論理もありえるでしょう。一方でそれは、機械的に普通学級に放り込むという正反対の行為にも同様の問題が発生することになります。
 インクルーシブ教育と特別支援学校・特別支援学級の充実は二者択一的な性格のものではなく、両方とも同時に追求していくべきものです。特別支援学校・特別支援学級の充実にしても、普通学級での受け入れ態勢にしても、障害児の状況や希望なども考慮しながら、環境を十分に整えていくことが重要なのではないでしょうか。