※当ブログは新サイト に移転いたしました。

新規の編集は、新サイトの方で実施しています。

「愛国心」強要の危険性:教基法改悪案

 教育基本法「改正」案が国会で審議されています。審議の過程を通じて、「改正」案は現行法の理念とは正反対の方向に教育をもっていこうとするものだということが、改めて浮き彫りになっています。

 懸案の「愛国心」一つをとってみても、「愛国心」を法律として明記することで、特定の価値観を子どもに強要することにつながります。
 「愛国心」自体は個人の内面・思想信条に属する問題です。その一方で、内面や思想信条に属する問題に関して、「教育の目標」として「改正」法案に明記することは、特定の「愛国心」モデルを想定してそれに沿った人間を育成・評価することにつながります。そのことは、児童・生徒の内面への干渉につながり、その時々の国家権力にとって都合のいい人間を育成することにつながります。思想信条や内面を統制しようとすることは、民主主義の理念とは相容れません。
 また2002年学習指導要領に即して、福岡市では小学校の通知表に「愛国心」評価が取り入れられましたが、教師らが「評価できない」と悩んだり、市民らの批判が相次いだりしたことから取りやめになった経緯があります。5月24日の衆議院特別委員会の審議で、日本共産党の志位和夫委員長(衆議院議員)が福岡市の小学校の通知表のコピーを示して質問したところ、小泉純一郎首相も「こういうことで評価するのは難しい。こういう項目は持たないでいいのでは」と答えたということです。
 小泉首相が「評価は難しい」と答弁しても、仮にこの法案が通過した場合、改悪教基法を盾にして、将来的には全国的に「愛国心」が評価の対象になる危険性もあります。評価の対象とするということは、「具体的な目標を想定し、その目標にどれだけ近づいたかを判定する」ということですから、一定の「愛国心」のモデルを前提にしなければ評価できません。
 「愛国心」については、「漢字が書ける」「計算ができる」「歴史の流れを把握する」「水泳で25メートル泳げる」などの、客観的事実や学術的な真理などから導き出される一般的な学習目標やその評価とは全く違うものです。個人の内面である「愛国心」を評価するのは、思想統制につながるものです。
 「改正」案でも「教育は不当な支配に服することなく」という趣旨を入れています。しかし、「愛国心」一つとっても、「改正」案そのものに教育への不当介入を導く内容の文言が入っているという代物だといえます。
 ここまでは政府与党案を検討してきましたが、民主党案についても、細かい表現が違うだけで、本質的には政府与党案と共通の姿勢をもっている危険なものであると指摘しなければなりません。
 また、「そもそも、今すぐに教育基本法を変える必要性があるのか」「重要法案なのに国民的な議論が尽くされていない」などの、ほかの重大な問題も残されています。
 教育基本法についてはじっくりと国民的世論を巻き起こしてじっくりと検討すべきで、また現在国会に提出されている「改正」案には、政府与党案・民主党案ともに強く反対し廃案を強く求めたいと思います。