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「モンスター売文家」の無茶苦茶:福岡いじめ教師事件

 福岡市立小学校教諭・林田真二が2003年、担任クラスの児童に対して人種差別的ないじめ・暴力行為を繰り返してPTSDにさせた問題は、民事訴訟で林田のいじめ・暴力行為が認定され、また林田のいじめ・暴力行為によって児童が「心因性の症状を発症して通院を余儀なくされた」ことも認め、福岡市に賠償を命じる判決が2008年11月に確定しました。

 この事件では加害者教師・林田真二はいじめや暴力自体を「事実無根」と主張し、福田ますみなるライターの名義で同趣旨の主張をおこなう中傷本『でっちあげ 福岡「殺人教師」事件の真相』(新潮社)が発行されました。しかし裁判では林田の主張は完全に退けられ、したがって林田の主張と同趣旨の内容である中傷本の内容は裁判でも完全否定されていることになります。

 「新潮45」2009年2月号に、中傷本の著者・福田ますみの名義で「『でっちあげ』モンスター・ペアレンツ勝訴の無茶苦茶」なる文章が発表されています。

 タイトルからみても、今までの誤りを認めて謝罪するような内容ではなく、さらに中傷を積み重ねている内容であろうことは、容易に予想がつきます。中身を開くとやはり被害者への中傷をおこなっていました。しかも中身は中傷本の内容の焼き直しにすぎません。すでに完全否定された内容を蒸し返しているだけで、裁判の結果を覆すような新事実はありません。

 この文章では「被害者の家族に外国人がいること自体が嘘であり、裁判でも嘘が認められた」などと主張しています。しかし実際は家族歴についても被害者の主張通りで、この主張は林田真二と福田ますみによる創作だということです。もっとも、仮に百歩譲って両親の主張が嘘だったとしても、児童に暴力を加えていいという理由にはなり得ません。

 また林田の「体罰」を見た者はいない・福田ますみの取材でも誰も林田の暴行を証言した者はいなかったなどという主張についても、実際は「福田ますみに対して林田の暴行の事実を証言したが、福田が意図的に無視している」とする情報が当方にも寄せられています。

 挙げ句の果てには「《林田の『体罰』はなかった》という証言が裁判で同級生や保護者からされなかった。これは周辺の人間がモンスターペアレントとの関わりを恐れて証言できなかったから」かのように、自分の都合のいいようにすり替えたおめでたい主張までおこなっています。しかし「林田が『体罰』・暴行をおこなった事実はない」という証言が誰からもされなかったのは「モンスターペアレント」のおかげではありません。林田の暴力は事実にほかならないため、「暴行はなかった」と証言できる人など、この世の中のどこを探しても存在するはずもありません。

 それどころか林田真二自身が、児童への暴行の事実をマスコミ取材に対しても裁判でも認めています。もっとも「言うことを聞かないからたたいた」かのように事実関係をゆがめていますが、暴行の事実自体は否定していません。このことからも、林田の暴力が「でっちあげ」だったという根拠はありません。

 また裁判の結果についても、被害者の主張が認められなかった部分ばかりを意図的に大きく取り上げて、自分たちに都合の悪い事実認定はほとんど無視し、あたかも「被害者の主張がほとんど退けられた」かのようにゆがめて描いています。いじめや暴力が認められたことなど、実際は林田の主張こそが全面的に退けられたものであることはいうまでもありません。

 問題の核心は「モンスターペアレント」ではなく、林田真二の暴力・いじめ行為です。教師の暴力事件に対して教師擁護や暴力正当化の傾向が際だっている福岡市教育委員会ですら事件の事実を一部認定せざるを得なかったこと、また裁判でも暴力・いじめが認められている以上、被害者の虚言という前提自体が根本的に成立しません。それどころか林田真二と福田ますみの虚言ばかりが浮き彫りになります。

 結局、林田真二や福田ますみの主張は、「林田真二がおこなったいじめ・暴力行為」という問題の根本から目をそらし、副次的な問題に過ぎないような枝葉末節・また外部から検証が困難と思われる枝葉末節をあげつらい(反論できないと踏んであげつらっているようでも、実際にはぼろが出まくっていますが)、事実関係を我田引水的に曲解して騒ぎ立て、被害者とその家族を根拠なく「嘘つき」「モンスターペアレント」呼ばわりして陥れていくというものです。

 こういう主張は、教師の対生徒暴力(いわゆる「体罰」)事件やいじめ、人為的ミスの疑いの強い学校事故などでよく見られる、被害者への中傷の典型的なパターンです。

 教師の暴力(「体罰」)を肯定する風潮・被害者へのバッシングの風潮の上に、ライバル誌への対抗意識を燃やした出版元の思惑なども加わり、こういう嘘つきが「地域の口コミ」にとどまらず、書籍出版の形でマスコミの力を使って全国規模で公然と策動できる状況が作られたといえます。こういう嘘つきが、あたかも自分たちが悲劇の主人公のように振る舞い、何の非もない被害者に対してマスコミを使って一方的に攻撃して二次被害を与える、こんな恐ろしいことがあるのでしょうか。