東日本大震災での津波被害、学校の避難に過失があったと判断:大川小学校訴訟

 2011年3月11日の東日本大震災の津波により、宮城県石巻市立大川小学校では、学校管理下の人的被害としてはもっとも大きい84人(児童74人・教職員10人)の死亡・行方不明者を出す被害を受けた。この事故に関して、死亡した児童のうち23人の遺族(19遺族)が「避難体制に問題があった」などとして宮城県や石巻市を相手取り、児童1人あたり1億円・計23億円の損害賠償を求めた民事訴訟で、仙台地裁は10月26日、学校側の責任を認め、宮城県と石巻市に対して、計約14億2660万円を支払うよう命じる判決を出した。

 大川小学校は海岸から約4キロ内陸側にあり、北上川沿いにある。当日午後2時46分の大震災発生直後、同校の教職員ら11人は児童に対して、学校内にとどまるよう指示した。約45分後に学校近くの北上川堤防(標高6~7メートル)へ避難するために移動を始めた。しかしその直後、北上川をさかのぼる津波に気づいて学校の裏山に駆け上ろうとしたが、午後3時37分頃に津波に飲まれる形になった。校舎2階部分にも達する高さで、推定7メートル前後ともされる津波によって児童・教職員の大半が犠牲になり、救出されたのは児童4人と教職員1人だけにとどまった。校長は当時、自分の子どもの中学校の卒業式に保護者として参加するために休暇を取っていて不在だったという。また学校に避難した地域住民も大半が犠牲となり、裏山に登ったり偶然流れ着いた数人だけが助かった。

 保護者側は、学校側がすぐに裏山に避難させず校内にとどまらせた対応を疑問視した。震災直後当時の新聞報道によると、市の広報車が津波避難を呼びかけていたこと、地域住民や子どもを迎えに来た保護者が教頭や教職員に「裏山に避難した方がいい」と話したこと、下校時間帯でもありスクールバスが待機していたが学校側の指示がなく動けなかったこと(運転手も死亡)などが指摘されている。

 保護者側は「震災発生後すぐに裏山に避難させていれば助かった」と主張した。一方で宮城県や石巻市は「予測は困難だった。被害の回避は困難だった」として争っていた。

 判決では津波の予見可能性を認め、「津波の危険が予測でき、近くの裏山に避難すべきだったのに、別の場所に移動したのは過失がある」と判断した。

 判決の内容は、重く受け止めるべきものだといえる。地震や津波そのものは防ぎようがないとはいえども、被害を回避したり最小限にとどめることはできるのではないか。日本では今後数十年のうちに東南海地震など大地震が起きる可能性があると予測されている。この事故を他人事とせず、日本各地で、万が一のときには被害を減らすために必要な対策を、地理的条件などの地域の実情にあわせながら具体的に考えていくことが必要なのではないだろうか。

(参考)
◎<大川小訴訟>石巻市などに14億円賠償命令(河北新報 2016/10/26)
◎大川小学校の津波訴訟 石巻市などに14億円余の賠償命令(NHKニュース 2016/10/26)

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